スペシャル無料講座「考える力をつける勉強法」― 幸せな大人になるためのゴールデンルート ― ⑦

5.考える力をつける勉強法。ゴールデンルートにいたる5つの出発点とは。

 

(1)学校

受験生こそ、学校の勉強をしろ!

これは私がよく受験生の生徒に対して言っていることです。

例えば、大学受験をする子の場合。現代文で国公立大学の入試問題、理由説明の問題などを解いているとき。「この問題はどうやって考えていったらいいか、説明してみて。」と言うと、大抵の子は小難しいことから順に説明しようとします。

ところが、その問題のポイント・考え方の出発点は、そんな小難しいところにはないんですね。そこで、「もっと簡単に考えてみて。基本に立ち返って。」とヒントを出してみます。それでも、やはり分からない。そこでさらに、「いちばん大事なことは、小学校の時に、学校で習っているよ。」とヒントを出してみる。それでも分からなかったりするので、「じゃあ、答えを説明してみようか。」と、説明すると…「なあんだ、そんなことだったのか。」ということになったりします。

そうなんです。大学受験の問題を解いているときに、「小学校の時に学校で習ったことが使えていない。」という事実。ここに立ち戻らないといけません。この時に、「そんなこと、分かってるよ。」となってしまうのではなく、「うわあ、こんなことすらできていなかった。」という自覚を持てる子は、伸びます。

同じことは、高校生の数学についても言えます。例えば場合の数。理解が不十分な問題についてやり直しをしているとき。「この問題、解答を見ながらでもいいから、解き方を説明してみて。」と言って説明してもらうと、まず前提となる中学数学。その理解がないことが判明したりする。で、その中学数学の内容を説明していると、今度は小学校の算数の理解がないことも判明する。

そうすると、高校数学の問題解説のために、小学校の算数まで遡ることが必要となってきます。これが1つの分野ならまだよいですが、複数分野についてこういう状態になっていると、ホント大変です。「小学校の算数も宿題で出しとくね。」と言うと、生徒は「えええ〜!?先生、それだけは勘弁してください。」と、懇願してくるような目になったりもしますが、無視します(笑)。だって、実力つかないで泣くことになるのが、いちばん辛いでしうから。そういう風に説明すると、大抵の子は納得してくれますね。

 

(2)塾

少人数指導だからこそできること。

塾の使い方。「第3の使い方」とはいったい何か?

(3)家庭教師

インプットとアウトプット。家庭教師の存在意義について。

どうして家庭教師の授業を受けるのか。この理由は、授業が進んでゆくにつれて、また自分自身の実力がUPしてゆくにつれて変化してゆくものですが、まず最初の段階で考えておくことも大切ですね。

例えば、苦手科目を克服したいという場合、どうして家庭教師なのか?

それは、「その形がいちばん力がつくから。」ですね。では、苦手科目を克服するということにおいて、家庭教師が有効である理由は?

自分の苦手な部分をピンポイントで、深いレベルで見てゆけるから。そして、出てきたポイントにつき、適切な質問とヒントにより段階的に徹底してアウトプットしてゆけるから、です。

「問いに答える」ということ。「考える力」を引き出すための魔法の方法とは。

この指導方法を私は「3STEPティーチング」と呼んでいます。「見る。問う。理解する。」

まず、教師がまず生徒の状態をしっかりと見て、どのあたりがポイントなのかを把握してゆきます。次に、それをもとに「今、この子にとってベストだと思われる聞き方」で質問をします。すると、生徒はその質問内容につき自分の頭で考え答えを出す。生徒がどうしても答えを出すことができない場合は、教師がヒントを段階的に出すことにより、徹底的に考える体験をしてもらいます。そうすると、徐々に徐々に、自分が理解できていなかったことが明らかになってきて、より深くより実践的な形で理解することができる。

このようなプロセスを経ると、単に教師が教科内容を説明する場合とは比べものにならないぐらい、生徒自身の「考える力」が引き出され、育ってゆくこととなります。

自分に合った家庭教師を見つけるための5つのポイント

(4)個人セッション

「他人を通して、自分自身を見つめる。」

見えなかったことが、見えてくるようになる。

可能性を引き出し、全開になる。

「自分の頭で考える」未来へ

(5)自学自習

問いを発する。自分で答える。

 

スペシャル無料講座「考える力をつける勉強法」― 幸せな大人になるためのゴールデンルート ― ⑥

4.「考える勉強」のもたらすミラクルな成果と感動体験。

短期間で飛躍的に成績が伸びる。

私自身の体験について

生徒たちの体験。受験一ヶ月前に受験勉強を始めた、勇気ある少年の話。

不登校から受験生へ。

勉強がラク。ラクだから楽しい。

いかにしてラクをするか?堕落人間がたどり着いた、究極の勉強法。

「先生、勉強って面白いですね♪」

勉強嫌いの大人は、どう勉強する?

自分のしたいことが、「したいタイミングでしたいように」できるようになる。

クリエイティブに生きる♪ということ

つながりの良さは一生の財産。

社会人にとっての、勉強する意味

 

スペシャル無料講座「考える力をつける勉強法」― 幸せな大人になるためのゴールデンルート ― ⑤

3.そもそも勉強って何のためにするの?机上の勉強とリアルワールドとの密接なつながりについて。

(1)なぜ勉強するのか?「勉強」とはいったい…?

(2)机上と現実。

(3)数学算数は、何のため?

(4)国語を学ぶ、意外な理由。

(5)「考えること」は実は好き。

「自分の頭で考える」ということは、その人の「生き方」そのもの。

スペシャル無料講座「考える力をつける勉強法」― 幸せな大人になるためのゴールデンルート ― ④

2.ロボット人間とマニュアル人間。考えることを放棄してしまう、思考パターンとは。

(1)受験生を取り巻く、ある特殊事情。

さて、それでは次に、「なぜ人は、自分の頭で考えるということを徐々に徐々にしなくなっていってしまうのか。」ということにつき、お話をしていきたいと思います。

再び受験生を例にとってみましょう。受験というのはある意味特殊な世界、異常な世界と言ってもいいでしょう、とにかく普通ではない世界だと言うことができます。というのも、本来なら長い間じっくり時間をかけてコツコツと培ってゆくはずの実力を、基本的には「入試本番というタイムリミットがある状況において、できるだけ短期間で、できるだけ簡単に、できるだけ大きく伸ばしてゆく」ということを目的にしているからです。

まあ、それはそれで面白い世界なので、チャレンジしてみることはいい経験、やり方によっては自分自身の成長・発展につながってゆくことも確かです。「受験という限られた枠」の範囲でいかに考える勉強をやってゆくか、こういうことに挑戦してゆくことはとてもワクワクする体験ではあります。だからこそ、私は受験生の指導をすることをライフワークとしてずっとやって来ているのですが、やはり受験生を見ていると気の毒に思えてくるケースが多いです。毎日毎日、来る日も来る日も、ひたすら塾や予備校において教わってきた解法パターンや重要知識の記憶に勤しむ日々。きちんと理解した上での記憶であればまだよいのですが、そんな余裕がある子は決して多くはない。大抵の子は、与えられた知識をただそのまま無理やり飲み込んで、吸収しようとしているような状態。本当に勉強が辛そうです。そしてもちろん、徐々に入試改革がなされてきているとはいえ、基本的には現状ではまだまだ、その記憶がどれだけ完璧にできているのか、それを試す場がテストであり入試であり続けているわけです。

ところがこれは、そもそも無理がある話なんですよね。テストや入試という、いわゆる本来は「実力」を試す場であるはずのところで、実力とは無関係な、記憶力を試している。もちろん、記憶は大事ですよ。特に小さい頃は。理論理屈を抜きに、とにかく覚える。覚えて覚えて覚えまくるうちに、自分の中で、自分の頭の中でポッと開けてくる回路が出てくる。あるいは、古文や漢文など、多くの古典文学に触れてゆくこと自体が、その子の感情面・情操面を培い養ってくれる。そういうことはもちろん、大事なことです。

しかし、いつまでも何でもかんでも記憶・記憶・記憶でいいのか、ということです。どんなに自分の頭を使って勉強したとしても、残念ながらそれは例えば選択式テストの答案用紙の上からは、基本的には見えてこない。なぜなら、覚えているかどうかを試すテストだからです。そうすると、どんなに苦労して自分の頭で考えても、結局は「覚えているかどうか。」が試されるわけですから、子どもたちも「じゃあ、もう手っ取り早く、解き方を覚えちゃえ。だって楽だし。」ってなってしまうわけです。

で、お父さんお母さんも、どうせテスト結果を見せてもらうのなら、30点のテストを見せてもらうよりは、できれば80点のテストを見せてもらいたい、というのが親心というものなんですよね。そうすると子どもの方も、「お父さんお母さんの喜ぶ顔が見たい。」と思うので、ますます解法パターンをせっせせっせと記憶しては、80点のテストをお父さんお母さんに運ぶ、ということがもう、仕事みたいになってくるわけです。こうなってくるともはや、「解法暗記・80点テスト配達マシーン」ですよね。

ところが、あるとき気づくわけです。「あれ!?何かがおかしいぞ。記憶だけが試されているはずだったのに、記憶だけでは点数が伸びていかない。」という事実に。例えば入試直前に数学の問題を解いているときに。例えば、国語の読解問題のテスト直しをしているときに。「ダメだ。全然分からない。どうしよう。もう入試まで時間がないのに、いったいどうしたらいいんだろう。」

(2)「キミ、だれ?」(笑)

どうしてこんなことになってしまうのでしょうか?どうして、こんな状態になるまで気づかないのでしょう?

それはやはり、「人間は、もういよいよ限界、っていうことになるまで、気づかないし、気づこうとしない。」っていうことがあるからです。私の場合、お菓子ですね。結構お菓子が好きで、家庭教師先で「先生、ここのケーキ、とっても美味しいんですよ。」なんて言われて出されたりすると、ペロッと平らげて、で同じ日にまた別の生徒さんのお宅に行ったとき、「先生、ここのお饅頭、人気なんです。行列ができるぐらい。」なんて言われて出されたすると、またペロッと平らげて…家に帰ってくれば帰ってきたで、「今日はよく働いた。ご褒美に菓子パンでも食べようか。」とやっていたら…ある日自分が写った写真を見たときに、「キミ、だれ?」ってことになりました(笑)。それ以来、お菓子は一切お断りすることにしています。だって、太るのは簡単ですが、ダイエットするのってホント大変でしたから。

いやあ、もう、人間、そんなもんなんですよね。やっぱり。気づかないんですよ。自分のことは。他人のことなら気づくんですけどね。「人は自分を映す鏡」とは言いますが、なかなかなかなか。

ですから、勉強の場合も、特に受験ですよね。受験の場合も、なかなか気づかない。気づこうとしない。「まだ、もうちょっとイケるやろ。」って感じで。イケないイケない(笑)。間違いなくキミが行ってる先、行き止まりやから。そう言ってくれる人がそばにいる場合はまだいいんですが、みんなして行き止まりに向かって突撃しているような状態の場合、結構笑えない話になってくるのではないでしょうか。

(3)成績いい子こそ、実は危険。「○だけちょうだい人間」のたどる悲しい末路とは。

家庭教師をしていると、結構いらっしゃるんです。「成績はいいのに、実力が?な子」っていうのが。「あれ!?この子、こんなに偏差値高いのに、何これ?」みたいな(笑)。で、よくよく見てゆくと、原因が分かります。「ああ、そういうことだったのね。それなら、わかるわかる。」と。つまり、「○をもらうこと」「偏差値を上げること」にばっかりに意識が行っていて、「分からないこと・理解していないことについて、しっかり分かるまで理解できるまで考える。」ということに意識が行っていないんですね。そうするとこれは、残念ながら「基本的には一から勉強やり直し。」、ということになるんです。もちろん、初回授業からそんな風には言わないですが、徐々にそういうことに気づくように促してゆくわけです。いずれにしても、「えー!?」ってなりますよね。「そんなはずはない。私は結構成績取れてるし…ね、お母さん、この先生何か一から勉強やり直すみたいな変なこと言い出してる。何とか言ってよ。」みたいな感じになったり。

でも、お母さんはもちろん、薄々気づいているんです。「この子、確かにテストで点数は取れてるけど、悪いときはとことん悪い。分野によっては全く理解できていないのかもしれない。実力がないんだわ。」と。

ところが、そもそもこの子が「○だけちょうだい人間」になってしまった理由が、実は「お父さんお母さんにほめられたい。」だったりすると、結構厄介なんです。この子にしてみれば、「お父さんお母さんの望むように、点数を上げてきた。」のに、ある日突然「おまえのやってきたことは間違っていた。」みたいに言われるわけですから。騙されたような、裏切られたような、複雑な気分になります。「じゃあ、私は一体どうしたらいいの?」ここで気持ちを切り替えられればよいのですが、妙に育ってしまった「プライド」が邪魔してしまうと、なかなかスムーズには進みません。逆に言うと、そこを乗り越えさえすれば、もともと勉強習慣はできていて知識自体は持っている子です。「自分の頭でしっかり考えて勉強する」というやり方によって、それまで頭の中でバラバラに存在していた知識を、実際に使える形でつないでゆくことができれば、比較的短期間で実力をUPさせることも可能となってきます。

(4)気づかないと手遅れになる。「中間期末病」は、大人になってからも続く。

「とりあえず急場をしのいで、何とかしようとする姿勢」のことを、私は「中間期末病」と呼んでいます。すなわち、中間テストや期末テストの直前に、それこそ一夜漬けに近い状態でとにかく知識を頭の中に叩き込んでゆくような勉強の仕方です。

 

 

(5)ロボット人間とマニュアル人間。

 

(6)センター試験廃止。「考える大人」として、社会を歩く。

 

(7)不登校の子。学校に通うことがゴールとは限らない本当の理由とは。

 

(8)「考えない方がラク。」って本当か?誰にも訪れ得る、ターニングポイント。

スペシャル無料講座「考える力をつける勉強法」― 幸せな大人になるためのゴールデンルート ― ③

1.「考える勉強」は、必要か?暗記勉強がもたらす5つの弊害。

(1)覚えることが膨大なので、勉強が苦痛になってしまう。

覚えること多すぎでしょ!苦痛をもたらす恐怖の暗記地獄。

例えば、中学受験の受験生を例に取ってみましょう。算数を勉強しているときに、「全てを暗記によってなんとかしようとする子」っていうのはやはり一定数存在するんですね。で、そういう子は一体どういう風に勉強していくのか、っていうことなんですが、とにかく「考える」ということをしたくないと思っているので、考えずに全てを暗記していこうとします。

例えば食塩水の問題を解いているとき。同じ食塩水の問題の中でも色々なパターンの問題が存在します。そしてそれぞれ解き方が少しずつ違ってくるわけです。で、その解き方を全て暗記しようとしたら…これはもう大変です。1つ目の問題につき、解き方を暗記し、2つ目の問題についても解き方を暗記する。3つ目の問題につき、解き方を暗記しようとしたときには…もう1つ目と2つ目で暗記したことは忘れてしまっていたりするわけです。そうすると、また1つ目の問題に戻って1からやり直しをし、2つ目の問題もまた暗記し直しをする。で、今度こそ大丈夫だろうということで3つ目の問題に取り掛かると、3つ目の問題の解き方はもうすっかり忘れてしまっていると(笑)。もう、横で教えていたお父さんも、「ハァ~。」と、一気に脱力してしまうことになります。

とにかく、全然勉強が進まないわけです。これが入試直前などだったりすると、もうパニックですね。いかに短時間で1点につなげていくか。その勝負をしてるときに、覚えたことを片っ端から忘れていくような勉強の仕方では、勉強しているのに点数が上がらない。全く合格につながっていかない。こうなってくると、本当に大変です。理解すれば5分10分で済むところを、1日中同じことの繰り返し。ひたすら同じ種類の問題を解きまくるという、もう苦痛以外の何物でもないですね。それでも、「受かりたい。何とかして合格したい。」そう思うからこそひたすら暗記していく。

でも、よくよく考えると、残念ながらそこで暗記したことが入試本番で出るとは限らないんですよね(笑)。ひょっとしたら、食塩水はその年の入試では、まったく出ないかもしれない。とすると、一生懸命1日中暗記したこと、お父さんが「ハァ~。」となりながらも子どもさんと一緒に勉強したことは、全部無駄になってしまう。本当は、食塩水ではなく旅人算の復習をすべきだったのに、そこまで全く手が回らないと。そういうことになってしまうわけです。

ですから、例えば受験生なら入試直前。そういう、本番前の本当にギリギリの状態になって初めて、「暗記勉強では限界があるんだな。」ということに気づくわけですね。でも、本番ギリギリにそのことに気づいても、もうどうしようもない。遅すぎる。ですから、こういうことにならないようにするために、いかに早い段階から考える勉強の重要性に気付けるか。ここがポイントだと言うことができます。

子どもはやがて大人になる。いやな勉強は、いやな仕事に。

さて、先ほどは受験生、特に中学受験生を例にとってお話をしていましたが、ほぼ同じことが社会人が勉強するときにも当てはまります。

例えば法律の勉強している場合。なかなか、勉強したことが身に付かない。例えば、憲法について勉強してるときに、人権の歴史について学んだことが公共の福祉の勉強をしているときにまた出てきたりする。その時に、「ああ、また忘れてしまった。先生、なかなか覚えられないんです。やってもやっても、すぐに忘れてしまうんです。記憶力がなくって…」そういう風にお話をされる方がいらっしゃいますが、実際は記憶力の問題ではなくて、理解力あるいは読解力の問題であることがわかったりするわけなんですね。で、理解力・読解力というものは、実は算数の力、先ほど出てきた算数あるいは数学の力と密接不可分です。ですから、大人になっていざ法律の勉強しようっていう時に、国語の復習あるいは算数の復習数学の復習、この辺の復習をやり直さないと先に進めない、っていうことがあったりするわけです。

そうすると、本当に大変ですよね。何か勉強したいことが出てきたときに、その前提となる、土台となる力から鍛え直さないといけない。これは本当に、気の遠くなるような話です。それでも食らいついて何とか一から勉強し直してやろう、とそういう意気込みがある場合は何とかなります。でも、そんなタフな人、鉄人みたいな人ばかりではないですよね(笑)。心が折れてしまうということはもちろんですが、実際現実問題として、時間がない。短期間で結果を出さないといけない場面、ていうのがあるわけです。そうすると、もう諦めるしかなくなってしまう。何か小手先でどうにかごまかしてなんとかなったようなふりをするしかなくなってしまいます。

そのようなことにならないようにするには、どうしたらいいでしょうか。それはやはり、「三つ子の魂百まで。」と言われるように、小さい頃からの積み重ね。子どもの頃から、考え方・勉強のやり方・行動の仕方というものを、しっかり考えてゆく。その場しのぎにするのではなくて、ちゃんと先を見据えて自分自身の実力をつけていく。そういうことをいかに子どもの時から大人になるまで、積み重ねて行けるかどうか。それこそが、勉強が楽しくなるか嫌になってしまうか、仕事が楽しくなるか嫌になってしまうかを決める大きなポイントとなると言えるのではないでしょうか。

 

(2)勉強する意味が分からないので、受け身の勉強になってしまう。

自分の頭で考えなければ、ツバメの子と同じ。

「自分の頭で考える」っていうことをしないと、とにかく全てが受け身になってしまいます。勉強の内容はもちろんのこと、勉強をすること・そもそも勉強する意味について全く考えていないと、一体何のために自分は今勉強しているのか、がまるでわかっていない状態になります。そうすると、次何を勉強したらいいのか、どのように勉強したらいいのか、何をどういう順番でどれぐらいの時間配分でどう勉強していくのか、全く分からない状態なので、全てを人任せにする。「次、何の勉強したらいいの。次、僕がやる課題をちょうだい。」まるでツバメの子が、親ツバメが持ってくる餌を、口を開けてただひたすら待っているだけのような状態。パクパクパクパクと、与えられる課題を口を開けて待っているだけの状態になってしまいます。

指示待ち人間は、やる気も湧かない。

これは、そこそこやる気がある状態であればまだマシなんですが、やる気が下がってきたときは、本当に大変です。だって、自分で考えませんから。目の前の勉強がどういう意味を持つのか、その意味がわかっていなければ集中力も持続しません。どこに向かっていくのかが分かっていないので、粘り強さ・根気強さ、そういうものも出てくる余地がありません。「とにかく褒められたい。とにかく解放されたい。」そんな浅い動機・ゆる~いモティベーションで、勉強を進めていくことになります。その結果、当然成績その他の結果においてもムラが生じることになり、ますやる気が湧かないようになっていくわけです。

 

(3)やる気が湧かないので、学力がつかなくなってしまう。

主体性なき勉強は、死んだ勉強。

自ら進んで勉強する主体性を持った勉強。こういう勉強ができない人たちは、一体何のために勉強しているのでしょうか。テストで良い点数を取るため?でも一体何のために?そのあたりのところがぼやけてしまっていると、勉強はどんどん面白くなくなっていきます。

で、面白くないものはできる限り早く済ませようとしますよね(笑)。身が入らない。実力につながっていかない。その場かぎりの勉強になってしまう。生きた知識ではなく死んだ知識。どのように活用するのかもわからず、どういう場面で力を発揮するのかも全くわからず、ひたすら知識を詰め込み続けると。無理がありますよね。キャパオーバーを起こしてしまいます。全くつながりのない断片的な知識が、頭の中でそこかしこに転がっている。こういう状態を続けていくと、「本当の意味での実力」「本当の意味での学力」というものは永遠につかないままで終わってしまいます。

受け身の読解と、主体的な読解。

国語という科目は、その中でも読解は、苦手意識を感じる人が結構いらっしゃる科目です。で、これは小学校の頃から、「読解と言えば答え当てっこゲームでしょ。」と、そういう捉え方をしてしまっている人が、実に多いです。そんなわけないやん(笑)。「要は問題に答えることができればいいんでしょ。選択肢問題で正解できればいいでしょ。抜き出し問題で正解を抜き出すことができればいいんでしょう。」そういう勉強の仕方をしてきてしまっていると、長い時間をかけて国語読解の勉強をしてきたはずなのに、まるで実力がついていないっていうことになったりします。

受け身の読解と主体的な読解。両者は全くもって別物です。例えば大学受験において。国語読解という科目を、「単なる受験科目の1つ」として位置づけてきた人と、「真の実力・本当の意味での学力を身に付けるための土台」として位置づけてきた人とは、雲泥の差です。国語という科目は、なかなか実力がつきにくい。実力がつくまでに時間がかかる。その通りです。その通りだからこそ、早い段階からちゃんとした勉強・ちゃんとした勉強方法を理解しておく必要があります。

早い段階からちゃんとした読み方・ちゃんとした理解の仕方ができていれば、例えば試験直前などといった時期に、教師による適切なアドバイスのもと、実力を比較的短期間で大きくアップさせる、ということが可能になります。ところが、そういう積み重ねの勉強が全くない場合は、お手上げです。間に合いません。「基本となる読解力そのもの」を短期間でアップさせることなどできないからです。

そういう意味でも、早い時期からちゃんとした勉強・ちゃんとした読解の仕方を心がけ、身に付けていくこと。こういうことが、極めて大切です。

 

(4)基礎力がないため、勉強しても成績が上がらない。

どんなレベルでも、暗記では無理。

「うちの子は、目指しているレベルがそんなに高いわけではないので、考える勉強は必要ないんではないですか。暗記する勉強によって何とか結果を出していけば、それでいいんじゃないですか。」そういうふうにおっしゃる方がいます。でも、それは大きな誤解をなさっています。なぜならどのレベルを目指すにしても、必ず「暗記では無理。」という場面に遭遇するからです。

例えば中学受験において。算数です。とにかく例題を暗記する。同じような問題が出てきたときはできるわけですが、少しでもひねられると、途端にわからなくなる。それでも目指すレベルが高くは無いから偏差値的に低い学校を目指しているから何とかなるだろう、そういうふうに考えて勉強してきていたりする。

でも残念ながら、どんなに低いレベルの学校であったとしても、必ず思考力を要求する問題が出されるわけですね。そしてそれは、そんなにレベルが高い問題ではなかったりする。つまり、ちゃんと考える勉強してきた人にとってみれば、なんてことは無い問題だったりする。教科書レベルの簡単な問題が入試問題で少し形を変えて出題されたりすると、全く考える勉強してこなかった人は、とっても難しく感じます。「こんな問題やったことがない。」そんな風に言ったりします。

でも実は、学校でやってるんですね(笑)。やっているのにやったことに気づいていない。「解法のパターンの暗記こそが算数の勉強なんだ。」と思っている人にとっては、超難問になってしまうわけです。でも、出題者にとってみれば、教科書レベルのちゃんと学校で習っている内容を出しているわけです。そうすると、いわゆる基礎力がある子と、点数は取れるけれども基礎力がない子で大きく差がつく問題だと言うことができます。

で、こういう問題が意外と、そんなに偏差値が高くない学校で出題されたりするんですね。その時気づきます。「ああ、解法のパターンの暗記だけでは、どこの学校も受からないんだな。」ということに。これは、算数だけではなくいわゆる「暗記科目」捉えられがちな社会や理科についても当てはまります。どんなに覚えていても、考える力がないと得点できない問題が出題されるんですね。そうすると、「社会だけは得意。理科だけは得意。だって暗記が得意だから。」と言いたい人でも、そうは言えなくなくなってしまう。そういうことになっていきます。

ですから、「どんなレベルでもやはり、暗記だけでは通用しないんだ。」このことを肝に銘じておくことが、何より大事なのではないでしょうか。

「先生、これどういう意味ですか?」

いろんな子を指導している中で、気づくことがあります。それは、結構多くの子が、「先生それどういう意味?」とちょっとキレ気味に(笑)、少し怒ったような調子で聞いてきたりすると言うことなんですね。そんなとき、私はこう答えるようにしています。「いやいや、それを聞いとんねん。さっき言ったことを理解する力を試す問題なんだよ。」と。そうするとその生徒はハッとしたりするわけです。

どうしてそんな発言が出てきてしまうのでしょうか。それは、どんな力を試す問題なのか、どんな力が必要となる科目なのかが、まるでわかっていないということがあるからなんですね。算数でも数学でも理科でも社会でも、前提となる読解力・国語力。これがもちろん必要です。その読解力・国語力・理解力が備わっていないと、一体自分がどこでつまずいているのかが曖昧なまま、なんとなく丸暗記していて何となく勉強を終わらせてしまう。そういうことにつながります。それでは残念ながら、成績は上がっていきません。

自分が一体どこについては理解していて、どこについては理解していないのか。それをはっきりと区別して、どの辺を重点的に勉強していくのか、しっかり把握した上で勉強することがやはり大切ですね。

 

(5)フラストレーションがたまり、勉強をやめたくなる。

多くの子が陥る、「魔のスパイラル」とは?

ここまで見てきたように、暗記勉強ではとにかく実力がつきません。成績が上がりません。成績が上がらないと、周りが例えばお父さんやお母さん先生そういう人たちが、口出ししたくなります。「お前このままで大丈夫なのか。ちゃんと勉強しなさい。」ところが、言われた本人は、勉強してるわけです。本当は勉強にはなっていないんですが。でも、本人にとっては勉強しているつもりでいるわけです。暗記勉強であったとしても、勉強しているのに、「勉強しなさい。」と言われる。。「やってるよ。ちゃんと勉強やってるよ。」「いやいや、ちゃんと勉強やってるなら、こんな成績にはならないだろう。お前やる気あるのか。」そういうふうに言われて、やる気がアップする人はいないですよね。で、勉強する気が起きなくなる。気晴らしにゲームなんかをしてみたくなる。そうすると、「お前ゲームばっかりしてないで、ちゃんと勉強しなさい。やる気ないならやめてしまえ。」そうすると、それまで言いたいことを我慢していた方も、さすがにプッツンきてしまって、「わかったよ。もうやめたる。やめたらいいんだろ、勉強。」そんなことにまで発展してしまったりするわけです。

でも、よくよく考えると、本当は勉強したい。ちゃんと成績も伸ばして目標を達成して合格する。そういうことに向かっていきたい、と皆が思っている。にもかかわらず、とんでもない悪循環・魔のスパイラルに陥ってしまう。誰も望んでない結果・誰も望んでいない結論に到達してしまう。そういうことになってゆくことに気づくんですね。

そんなことにならないようにするためにも、やはり早い段階からちゃんと「考える勉強」をする。ちゃんと安定的に結果を出し続けられる勉強をする。今だけではなく先を見据えて、自分の実力がちゃんとつく勉強の仕方をする。こういうことがとても重要なのではないでしょうか。

 

スペシャル無料講座「考える力をつける勉強法」― 幸せな大人になるためのゴールデンルート ― ②

0.はじめに

(1)「自分の頭で考える時代」。どう学び、どう考える?

なぜ私たちは、「自分で考える力」を失ってしまったのか。

こんにちは、教育家の石田栄嗣です。本日から「考える力をつける勉強法 ―幸せな大人になるためのゴールデンルート― 」と言うタイトルでお話をしていきます。

さて、早速内容に入っていきたいと思うのですが、「自分の頭で考える時代」とは一体どういうことでしょうか。自分の頭で考える。当たり前じゃないか。と思うかもしれません。でも、私たちが日頃生活している時実際に、仕事や家庭生活友人との関係・プライベート・趣味・ボランティア活動など様々な場面において、一体どれほど自分自身の頭を使って実際に自分で考えるということができているのか、っていうことを考えてみてください。そうすると、案外自分自身の頭で考えるというよりはむしろ、人が考えたことを学んだり参考にしたり吸収したりすることに忙しかったり。

例えば、息子や娘に社会科の宿題について、お父さんが意見を求められたとき、「それは、こうこうこうで、こうだから、こうなんだよ。」と、昨日ニュース特番で仕入れたばかりの知識を、さも自分で考えたかのように語る、とかね(笑)。「お父さん、それ、昨日ニュースでやってたやつ~!」ってお母さんがすかさずツッコミを入れるという…まあ、それで家族が和むのであれば、それはそれでよいとは思いますが…

仕事の会議など真剣に考えるべき場面においては、ちょっと事情が違ってきますよね。「○○くん、この点についてはどう思うかね?」と専務に話を振られたときに、昨日見たニュース特番でコメンテーターが言っていた意見がふと頭をよぎるけれど、「ダメだダメだ。部長はあの番組のファンだから、絶対観ているはず。ここは自分オリジナルの意見を言わないと…えーっと…。」となっているうちに時間が経ってしまう。待ちきれなくなった専務が、「■■部長はどんな意見を持っているかね?」と話を振ると、なんと部長はあのニュース特番でのコメンテーターの意見を堂々と言うという…「ぶ、部長~~~それ、昨日ニュースでやってたやつ~!!!」(笑)

まあとにかく、大人である私たちでも、自分自身を振り返ってみると、やはり「自分の頭で考える」ということがいかに難しいか、いかにできていないかということに気付くところはあるのではないでしょうか。

どうしてでしょうか?それは、私たちが「自分の頭で考える方法、自分の頭で考える学び方、勉強法」につき、教わってこなかったからです。各科目の内容なら教わってきました。学校において、あるいは塾において。成績の伸ばし方・点数の取り方・合格する方法も教わりました。塾において、あるいは予備校において。より専門的な知識も教わりました。大学において、あるいは資格試験スクールにおいて。実際の仕事で使う知識も教わります。職場において、あるいはその分野のセミナーにおいて。

でも、自分の頭で考える方法は?自分らしく、自分のオリジナリティを発揮しながら考えてゆく方法は?一体どこで教わるんでしょうか。学校でも塾でも予備校でも、大学でも。職場でも、セミナーでも。教わりません。少なくとも、私自身は教わった記憶がありません。そう、私たちは忙しすぎるんです。テストで点数を取ること、成績をUPさせること、合格することに。入学すること、卒業すること、就職することに。昇進すること、収入をUPさせること、転職・再就職することに。気づけばもう、「自分で考える」ための頭は疲れきり、ひどい場合にはもう、「昨日までの人生の惰性あるいは延長線上」でしか、ものを考えられなくなってしまっていたりする、というのが私たち大人の現状ではないでしょうか。

今の時期、「時代」が要求してくる力とは?

しかし、残念ながら時代がそうはさせてくれません。「先行き不透明。混迷の時代。」と言われてから久しいですが、日々その傾向は強まる一方です。一瞬一瞬気づいていること。意識していること。無意識でインプットしたことを吐き出すのではなく、瞬間瞬間、自分の頭で意識的に考えること。そういうことがますます要求される時代となってきています。

そんな中、私たちはいかに学びいかに考えてゆくべきか。大人たちも迷っています。悩んでいます。でも、そんなことは知らずに、子どもたちは日々勉強しているのです。子どもたちは、どのように勉強してゆけばよいのでしょうか。何か新たに勉強してゆくことを増やすべきなのでしょうか?もちろん、それもよいでしょう。大人に教わったり、自分自身で勉強したり。

しかし私は、「あくまでも、勉強する内容は変えずに、学び方・勉強のやり方を変えることによって、自分の頭で考える力をつける。」ということを提案したいと思います。学校の勉強を通して、考える力をつける。受験勉強を通して、各種試験の勉強を通して、考える力をつける。そして成長して大人になった暁には、自分自身が大人として「いかに考え、いかに生きてゆくか。」を子どもたちに伝えてゆく。そういう循環が生み出されることを本気で目指しています。

そのために、私たち大人がすべきこと。今すぐ考えるべきこと。そこをスタート地点として、話を進めてゆきましょう。

「考える力」、それは長い時間をかけて熟成させてゆくもの。

「私たちは一体どのようにすれば、自分の頭で考えられるようになるんだろう。」「どのように学んでいけばそのような力がつくんだろうか。」こういう風に考えてみると、あることに気づきます。それは、「自分の頭で考える力」は一朝一夕で身に付くような簡単なものではなく、長い時間をかけて少しずつ少しずつ培い熟成させていくものである。そう、まさに味噌や醤油といった発酵食品にとって、熟成のプロセスが極めて大事であるのと同じように、考える力も熟成のプロセスが大切。ですから、味噌や醤油を作るときに「電子レンジでチン♪」では無理なのと同じように、考える力をつけてゆこうというときも、簡単お手軽に素早く、という方式では無理がありますよね。

現在自分の頭で考えることが100%できている人であったとしても、最初は自分以外の人から学びそれを実践してゆくことから始まり、その中から自分独自のオリジナリティーを少しずつ少しずつじっくり時間をかけて開拓していった結果、今の境地にたどり着いたんだということ。そのことに気づけば、そのような境地に自分自身もたどり着きたい。そう考えたときに、いかに学びいかに考えてゆけばいいか。それに対する答えが、おぼろげながら浮かび上がってきます。

「にょわぁぁあ~♪♪♪」

激動の時代、変化の時代、自分の頭で考える時代。確かなものが何もないように思えるからこそ、自分自身の頭で考えていく。どう考えればいいのかわからなくなるからこそ、徹底的に考えてゆく。これは古今東西、大人でも子どもでも同じです。人間が考える生き物である以上、考えるということは私たち人間に課された責務であると言うこともできるでしょう。

そのためにもまずは、自分自身について自分自身の人生について。そして家族・友達・学校・職場について。それから、社会・国家・国境を越えて地球全体。そういったことについて自分の頭でみんなが考えていく。そういう時代がやってきています。大人と大人。子どもと子ども。あるいは大人と子どもが一緒になって考えていく。そのことによって、今まで見えてこなかったこと・明らかにされてこなかったことが少しずつ見えていく。明らかにされていく。そういうことにつながっていきます。

毎日の生活の中で大人は子どもの言うことに耳を傾けてみる。子どもも大人の言うことに耳を傾け、関心を持ってみる。それだけで、今まで大人は大人の世界、子どもは子どもの世界として切り離されてしまっていた、そういう部分がきちんとつながるようになります。そもそも大人と子どもでは、生きている論理が違う。基盤となる言語・発想自体もすべて違います。ちっちゃい子どもなんて、「きゃぁぁあ~!!!「きぇぇぇえ~♪♪♪」これですよ。これで通じ合ってます。もう、しゃべる言葉、言語からして違う。これを大人が普通に接ししていたのでは、通じ合えない。分かり合えない。だから、大人の側が子どもの側に寄り添ってゆく。一緒になって、「にょわぁぁあ~♪♪♪」とかやっていくことによって、初めて通じ合うことができる。まあ、たまに引かれますけどね(笑)。まあ、引かれるぐらいでちょうどいいんではないでしょうか。大人が先頭きってアホになる。アホになるところを見せるからこそ、通じ合える部分がある。そうすると、何時間説教しても一切伝わらないことが、ものの数秒で子どもたちに伝わっていったりとか。そういうことが可能になってくると、私は思いますね。

これは大人と子どもだけでなく、男性と女性、若者と高齢者、雇う人と雇われる人など、ありとあらゆる人間関係においてあてはまるのではないでしょうか。こういう垣根を越えたつながり、お互いがお互いにちょっとずつ寄り添い合う。こういうことこそが、人それぞれのバランスにつながっていき、また人と人とのコミニケーション・何かをする際の多角的な物の見方・皆が納得しそれぞれの良さを引き出し合える関係づくり、そういうことにもつながっていきます。そのために私たちはどうまだ学び、どう考えるか。ここから話を進めていきましょう。

 

(2)勉強スタイルは、人それぞれ。悩んでいるポイントは…みな一緒(笑)。

私は現在、小学生・中学生・高校生そして社会人、実にいろいろな年齢のいろいろな世代の人たちに勉強を教えています。来年まさに受験をする子たち。数年後に受験を控えている子たち。受験をするかどうかはわからないけれど、とにかく自分が本当にしたいことを、自分が心からやりたいと思えることを、望んでいることを見つけたい子たち。あるいは、仕事をしていて時間がない中、何とか自分の知識スキルを高めて目標を達成したいと思っている人たち。みんなそれぞれの思いで、それぞれの動機を持ちながら、勉強に取り組んでいますが、その中で見えてくることがあります。それは、大人も子どもも、それぞれみんな勉強しているんだけれども、悩んでいること・悩んでいるポイントっていうのはみんな一緒だって言うことなんですね。つまり、「学んだ内容がなかなか身に付かない。すぐに忘れてしまう。」ということです。そういう悩みを持っている人は大抵、「自分は記憶力が悪い。」とか、「覚えたことをすぐに忘れてしまう。」とかいうふうに原因を解釈していたりするんですが、本当の原因は実際はそこにはなかったりするわけなんです。というのも何かを勉強しているときに、その内容が基礎知識としてしっかり定着するかどうかは、その人の記憶力ではなく理解力思考力、つまり考える力にかかっているからです。考える力・考える勉強。こういうことができている人は、無理なく自然な形でいろいろな知識を吸収し、勉強したことを身に付けることができています。ですから、考える力。この力をつけることが自分が目標とする結果、例えば合格や昇進起業などを達成する最大のポイントであると言うことができます。

 

(3)急がば回れと言うけれど、回りながら急いでしまうのが人の常。

ところが実際には考える勉強ではなく、考えない勉強。こういう勉強の仕方をしている人が、とても多いんですね。どうしてでしょうか。

それは人間という生き物が、基本的には「楽して簡単に短期間で成果を手に入れること」を望む生き物であるからでしょう。そのために、いかに楽をするか。いかに手っ取り早く、簡単に成果が手に入りそうなやり方を選択するか。そこが落とし穴である訳なんですね。なぜなら、考えない勉強・単なる暗記に走ってしまう勉強は、どこにもつながっていかないからです。目先の点数は、目先の合格は手に入れることができるかもしれないですが、その先が見えてこない。未来につながらない。もうね、クルックル回りながら、行き止まりまでまっしぐら(笑)。で、行き止まりにガーンって頭ぶつけて初めて、以前とまったく同じように、「おかしいなぁ。成績が頭打ち。なんでだろう?どうしてだろう?」と悩んだりする。いやいや、そこ行き止まりですよ。気持ちよく走ってきたかもしれないし、その道好きなのかもしれないですが、そこ行き止まりですよ。っていうことですよね。やはり、そのようなことにならないようにするためにも、考える勉強の必要性。このことにつき、しっかりと見ていることが大切です。では、考える勉強はどのような形で必要になってくるのか。より具体的にお話をしていきましょう。

 

 

スペシャル無料講座「考える力をつける勉強法」― 幸せな大人になるためのゴールデンルート ― ①

目次

0.はじめに

(1)「自分の頭で考える時代」。どう学び、どう考える?

(2)勉強スタイルは、人それぞれ。悩んでいるポイントは…みな一緒(笑)。

(3)急がば回れと言うけれど、回りながら急いでしまうのが人の常。

1.「考える勉強」は、必要か?暗記勉強がもたらす5つの弊害。

(1)覚えることが膨大なので、勉強が苦痛になってしまう。

  • 覚えること多すぎでしょ!苦痛をもたらす恐怖の暗記地獄。
  • 子どもはやがて大人になる。いやな勉強は、いやな仕事に。

(2)勉強する意味が分からないので、受け身の勉強になってしまう。

  • 自分の頭で考えなければ、ツバメの子と同じ。
  • 指示待ち人間は、やる気も湧かない。

(3)やる気が湧かないので、学力がつかなくなってしまう。

  • 主体性なき勉強は、死んだ勉強。
  • 受け身の読解と、主体的な読解。

(4)基礎力がないため、勉強しても成績が上がらない。

  • どんなレベルでも、暗記では無理。
  • 「先生、これどういう意味ですか?」

(5)フラストレーションがたまり、勉強をやめたくなる。

  • 多くの子が陥る、「魔のスパイラル」とは?

2.ロボット人間とマニュアル人間。考えることを放棄してしまう、思考パターンとは。

(1)受験生を取り巻く、ある特殊事情。

(2)「キミ、だれ?」(笑)

(3)成績いい子こそ、実は危険。「○だけちょうだい人間」のたどる悲しい末路とは。

(4)気づかないと手遅れになる。「中間期末病」は、大人になってからも続く。

(5)ロボット人間とマニュアル人間。

(6)センター試験廃止。「考える大人」として、社会を歩く。

(7)不登校の子。学校に通うことがゴールとは限らない本当の理由とは。

(8)「考えない方がラク。」って本当か?誰にも訪れ得る、ターニングポイント。

3.そもそも勉強って何のためにするの?机上の勉強とリアルワールドとの密接なつながりについて。

(1)なぜ勉強するのか?「勉強」とはいったい…?

(2)机上と現実。

(3)数学算数は、何のため?

(4)国語を学ぶ、意外な理由。

(5)「考えること」は実は好き。

4.「考える勉強」のもたらすミラクルな成果と感動体験。

(1)短期間で飛躍的に成績が伸びる。

  • 私自身の体験について
  • 生徒たちの体験。受験一ヶ月前に受験勉強を始めた、勇気ある少年の話。
  • 不登校から受験生へ。

(2)勉強がラク。ラクだから楽しい。

  • いかにしてラクをするか?堕落人間がたどり着いた、究極の勉強法。
  • 「先生、勉強って面白いですね♪」
  • 勉強嫌いの大人は、どう勉強する?

(3)自分のしたいことが、「したいタイミングでしたいように」できるようになる。

  • クリエイティブに生きる♪ということ
  • つながりの良さは一生の財産。
  • 社会人にとっての、勉強する意味

5.考える力をつける勉強法。ゴールデンルートにいたる5つの出発点とは。

(1)学校

  • 受験生こそ、学校の勉強をしろ!

(2)塾

  • 少人数指導だからこそできること。
  • 塾の使い方。「第3の使い方」とはいったい何か?

(3)家庭教師

  • インプットとアウトプット。家庭教師の存在意義について。
  • 「問いに答える」ということ。「考える力」を引き出すための魔法の方法とは。
  • 自分に合った家庭教師を見つけるための5つのポイント

(4)個人セッション

  • 「他人を通して、自分自身を見つめる。」
  • 見えなかったことが、見えてくるようになる。
  • 可能性を引き出し、全開になる。
  • 「自分の頭で考える」未来へ

(5)自学自習

  • 問いを発する。自ら答える。

算数で式はなぜ必要⁉︎

 

本日の家庭教師から。

 

(途中式を書かずに答えのみを書こうとする小学生に対して。)

 

途中式は、書くようにしよう。

 

その理由は、

 

「中学・高校の数学の勉強につなげるため。」

 

小学生のうちにやっておくべきことは、小学生のうちにやっておくこと。

 

「中学生・高校生になってからやればいや。」

 

と思っていると、大変。

 

事実、高校3年生なのに、中学の勉強、小学校の勉強を復習しないといけない生徒も少なくない。

 

中学・高校の数学につなげるための、

算数。

 

こういったことは、中学以降に伸びるかどうかに関わってくることなので、

 

中学入試で、途中式・解き方を書かせる学校も結構ある。

 

少しずつ、式や図をかくようにしてゆこう。