「自由な校風の学校に行きたい。」…本気でそんなこと、言っているのですか?

 

受験生が自分の志望校について考える場合、様々な要素が出てきます。

 

例えば、

 

・家から通える範囲なのかどうか

・女子校、男子校、あるいは共学校

・大学進学実績はどんな感じか

・クラブ活動

・先生方の教育方針

 

このときに、「大体こんな感じの学校がいい。」という、いわゆる「校風」についても考えることでしょう。

 

その際、結構多いのが、

 

「自由な校風の学校に行きたい。」

 

という希望です。

 

これは、要注意です(笑)。

 

どうしてでしょうか?

 

そもそも、なぜ自由な校風の学校に行くことを望むのか、を考えてみます。

 

「ガチガチに規制されるのではなく、のびのび自由な方が合っているから。そういう環境の方が力を発揮できるタイプだから。」

 

では、どうして、「自由な方が力を発揮できる」と判断できるのでしょうか?

 

「あれこれ言われると力を発揮できない、ということが今までにあったから。」

 

ところが、ここでさらに疑問が湧いてきます。

 

「なぜ、親や教師からあれこれ言われることとなったのか?」

 

 

ここで、ある事実が見えてきます。

 

それは、

 

「その子は、自分1人で放っとかれると、親や教師、周囲の大人が心配してしまうような事態になる。」

 

ということです。

 

もちろん、本当は、その子にはその子のペースがあって、その子なりに自分でペース配分を考えているのに、周囲の大人たちが待ちきれずに、

 

「ちょっと待った!」

 

と必要以上に心配し、必要以上に干渉している、ということも少なくありません。

 

そういう場合は、その子が感じ、思っていることをまずしっかり聴き受け止めてあげた上で、どうするのが最善なのかをみんなで模索してゆくことが大切です。

 

しかし一方で、

 

「入試には、期限がある。そして、その期限は、必ず訪れる。」

 

ということも、紛れもない事実です。

 

だからこそ、

 

「その子のペースを大切しつつ、期限までに結果を出す。」

 

という、相矛盾する2つのことを同時に考えるバランス感覚が大事になってくるのです。

 

しかも、

 

「自由な校風の学校の多くは、難関校あるいは最難関校。」

 

ということも、頭に入れておく必要があります。

 

もちろん、難関校や最難関校以外にも、自由な校風の学校はたくさんあります。

 

大学の附属校、併設校などはそうですし、それ以外にも、自由な校風の学校はいくらでも見つかるでしょう。

 

しかし、

 

制服がなく私服で登校できたり、

 

そもそも「校則」すらなかったり、

 

三者面談などのときにも「勉強しなさい。」と先生から言われることなどなかったり、

 

どんなに点数が悪くても補習に呼ばれることがなかったり、

 

とにかく、

 

先生たちは生徒たちを完全に信頼していて、生徒たちの自由にさせ、ほとんど干渉することなく、黙って見守ってくれている。

 

このように「徹底した自由な校風」ということになると、かなり絞られてきて、やはりそれらの多くは「難関校あるいは最難関校」ということになってきます。

 

 

どうしてでしょうか?

 

それは、

 

そもそも「自由な校風」というものは、

 

「生徒たちの自由」にさせていたとしても、生徒自らが自立した意識を持ち、自らの夢・目標、自らがやるべきこと、なすべきことを自覚している。

 

場合にのみ成立するものだからです。

 

 

 

いくら生徒たちが「自由にさせてほしい。」と思ったとしても、

 

いくら親や教師が「自由にさせてあげたい。」と思ったとしても、

 

生徒たち自身が自らを律することのできない場合は、「大丈夫か?」ということになり(笑)、結局は、「やっぱりもっと管理・規制しないとダメだ。」という方向に向かうことになるのです。

 

これは、大学進学実績をもっと伸ばそうとしているのに、なかなか伸ばし切れずにいる学校が抱える悩みです。

 

生徒の自由にさせたいけど、自由にさせすぎると、ドえらいことになるし(笑)…

 

かと言って、ガチガチに管理して勉強一辺倒になってしまっては、「その学校らしさ、その学校ならではの魅力」がなかなか見えてこないし、

 

でもやはり、緩ませすぎると、生徒たちが目標意識を失って遊び呆け、「何のためにわざわざ中学受験をしてまで私立や国立の学校に入ったのか分からない。」という事態になってしまう…

 

こういった意味でも、

 

「自由な校風の学校」というのは、絶妙なバランス感覚の上にこそ成り立ちうる、「奇跡の学校」とも呼べるのではないでしょうか。

 

ですから、「文字通り完全に自由な校風」が成り立つ学校というのは、「自由な校風だとしても自らを律することができる子どもたち」が集まる学校、多くの場合は、最難関あるいは難関レベルの学校、ということになります。

 

(ちなみに、私は、いつまでもこのような状態では困ると思っています。

 

なぜなら、勉強だけが人生ではないからです。

 

何をもって成功・幸せと見るかは、それぞれの子どもの個性に応じて判断すべきであり、偏差値などの成績や大学の合格実績といった尺度は1つの判断基準・1つの価値基準にすぎないのではないでしょうか。)

 

さて、ここで、最初の話に戻ってみましょう。

 

「自由な校風」を望む子どもたちというのは、大きく2つのタイプに分けることができます。

 

すなわち、

 

① 今まで厳しい環境、状況を耐え抜いてそれなりの結果を上げてきたので、自分自身をある程度律することができる子ども

 

② 生粋の「自由人」(笑)。

 

1番目のタイプの場合、放っておいても大丈夫です。ちゃんと自分自身で計画を立て、合格に向かって着実に進んでゆけますから。

 

問題は、2番目のタイプです。

 

この2番目のタイプの場合、

 

普通にしていたのでは、自由な校風の難関校・最難関校を突破できることはできません。

 

なんせ、自由人ですから(笑)。

 

ちなみに、私は、基本的にこの2番目のタイプなので、こういう子の気持ちはよく分かります。

 

さて、この2番目のタイプの子、自由人タイプの子どもが、自由な校風の難関校・最難関校に合格するためには、どうすればよいのでしょうか?

 

それは、まず、自らを見直し、

 

「難関、最難関レベルを目指すだけの覚悟」が本当にあるのか。

 

と自分自身に問うことです。

 

「自由な校風の学校に行きたいとは思うが、そのために今やらなければならないことをやるのは嫌だ。」

 

というのでは、志望校に合格し、夢を実現してゆくことなど、到底無理、というものです。

 

やるべきことをしっかりやるからこそ、難関校・最難関校への切符を手にできるのであり、まあ、いわゆる「自由な校風」=「パラダイス」が待っているわけです(笑)。

 

パラダイス、楽園に行きたいのであれば、そのために、やるべきことがあります。

 

そして、そのやるべきことは、簡単なことでありません。簡単なはずがないのです。

 

到達するまでには、相当大変な努力が必要だ。

 

最悪の場合、

 

「パラダイスを求めて頑張ったけど、結局無理だった。」

 

ということにもなりかねない。

 

それでも、この学校を目指すのか?

あきらめずに最後まで走り抜けられるのか?

 

そのあたりをいま一度自問自答した上で、

 

「それでもやっぱり、自分は⚪︎⚪︎中学校に行きたい。」

 

と言えるのなら、その覚悟は本物です。

 

「本気の覚悟」を引っ提げて、お母さんやお父さん・先生たちがビックリするぐらいの成長を見せ、

 

見事、志望校に合格できることでしょう。

 

そして、合格後は、「生粋の自由人」ぶりを大いに発揮しながら(笑)、

 

「人生、長いんやから、のんびり行こうや。」と、

 

自分の夢を自分のペースで、1つ1つ叶えてゆくことでしょう。

 

そのためにも、

 

まずは、徹底的に、問うてみる。

 

自分自身に対して。

 

本当の気持ちを。

 

自分は、本気なのか?
 

覚悟は、できているのか?

 

最後まで、走り抜けられるのか?

 

と。

 

参考になれば、幸いです。

 

 

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うちの子、本当に合格できるんでしょうか?

 

受験生をお持ちのお母さんが、

 

「受かるのかどうか。とっても不安なんです。」

 

とおっしゃるのは、どこのご家庭でもそうです。

 

成績が伸び悩み、思うような結果を出せない子の場合はもちろん、成績も安定していて万事順調に見える子のお母さんも、皆さん不安を抱えていらっしゃいます。

 

どうしてでしょう?

 

それは、「お母さん」が、世界中の誰よりもその子を愛している存在だからではないでしょうか?

 

ものすごく愛しているがゆえに、その裏返しとして、とてつもなく不安にもなる。

 

お父さんは?

 

お父さんももちろんそうですが(笑)、やはり、お母さんの愛情。

 

これは途方もなく深く、そして大きいのだと思います。

 

だからこそ、不安にもなるし、いったん不安になり出したら、もう、止まらない。

 

そしてその不安は…入試が終わるまで、続きます。

 

入試本番を迎え、合格発表でお子さんの合格を知るその瞬間まで。

 

「えー!?そんなの、耐えられません。今ですら、もういっぱいいっぱいなのに…」

 

皆さん、そうおっしゃいます。

 

でも皆さん、不安を抱えながら、それでも何とかわが子を信じ抜き、

 

合格を知った瞬間、本当に本当に喜び、

 

「信じて良かったです。本当にありがとうございました。」

 

とおっしゃって下さいます。

 

ですから、今はじっと、信じて、待ってあげて下さいね。

 

きっと、結果はついてきますから。

 

 

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夢や目標って、どうすれば見つかるんでしょうか?

 

いつも家で勉強しているときに、ダラダラダラダラしているように思えます。

「この学校に絶対受かりたい!」っていう強い思いを持ってほしいんですが…

 

 

 

お母さん:「小学生ぐらいの子が夢や目標を持つのって、無理なんですかねえ。」

 

私:「えっ!?どういうことですか。」

 

お母さん:「うちの子、N中学校にホントに入りたいって思ってるのかな、っていうと、かなり疑問なんですよ。

 

っていうのも、塾にいるときはそれなりに必死になって勉強してるんでしょうけど、家での勉強の仕方が。親から見ると、ダラダラしてるように思えて。

 

たぶん、本気で入りたい、合格したい、っていう気持ちがあまりないからだと思うんですよね。

 

この学校に絶対入りたい、っていう気持ちがあれば、勉強にも熱が入るんじゃないでしょうか。」

 

私:「確かに、それはそうでしょうね。」

 

お母さん:「どうしたら、それぐらいの熱い思い、受かりたいっていう思いを持てるようになるんでしょうか?」

 

私:「そうですね。それは、『学校』ではなく、『人』で考え感じることでしょうね。『学校』を好きなのは、その学校にいる『人』が好きだからです。」

 

お母さん:「すでに通っている生徒さんとか?」

 

私:「はい。あるいは、先生。そして、忘れてならないのは、その学校を卒業した先輩たちの存在です。

 

僕の場合、T中学、T高校出身ですが、T学園の魅力を語れ、と言われれば、それこそ一晩中でも語れます(笑)。

 

で、それはなぜかというと、やっぱり『人』なんですよ。あいつがいたから。あの先輩がいる学校だから。あの先生がいたから。

 

そういう、『人』を探したらいいと思いますね。

 

N中学、N高校出身なら、天才、異才、奇才(笑)…いろいろ面白い人がいっぱいいるはずですから。

 

そういう人たちに出会えると、

 

『N中学校って、単に勉強ができるだけじゃないんだ。めっちゃオモロい人たちの集まりなんや。』っていう実感が湧いてくる。

 

そうなればしめたものですね。」

 

お母さん(、と横で聴いていたお父さんも(笑)): 「なるほど!それ、いいですね。早速調べてみます。」

 

さあ、どんな天才、偉人、奇人、変人が見つかるんでしょう?

 

楽しみですね(笑)。

 

 

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応用力、実戦力をつけるにはどうすればよいでしょうか?

 

目指している学校のレベルからすると、今の子どものレベルはあまりにも低すぎます。

「このままでは、どこの学校にも受からなくなってしまうのでは!?」と不安で仕方ないです。

 

そうですね。

 

「難関レベル」あるいは「最難関レベル」を目指してゆく場合、あるリスクを伴うことは確かです。

 

それは、

 

「難しいこと、応用レベルの内容に時間をかけすぎるあまり、基礎レベルに割く時間が少なくなってしまう恐れがある。」

 

ということです。

 

これは、科目を問わず起こりうることであり、最悪の場合、入試本番において、目指していた難関校ないし最難関校に合格できないばかりか、それよりも下のレベルの学校にも合格できない、ということになってしまいます。

 

「それは困る…だから、仕方ない。…志望校を下げようか…」

 

ちょっと待って下さい。あきらめる必要はありません。

 

なぜなら、先ほど述べたような「最悪の事態」は、間違った勉強法をとったから起こることであり、正しいやり方で応用力・実戦力をつけてゆくようにすれば、回避できることだからです。

 

では、具体的にはどうすればよいのでしょうか?

 

ちょっとした「たとえ話」を使って説明してみましょう。

 

いわゆるふつうの勉強の仕方をしている場合、「基礎的事項」について、そんなに深くは理解できていません。

 

そう、それぞれの勉強内容を「木」にたとえるなら、あまり根の張っていない、ヒョロヒョロの木が植わっている状態です。

 

この状態だと、いわゆる応用問題・発展問題が出題されたときに、太刀打ちできません。

 

「こんな問題、初めて見た。こんな問題、解き方知らない。」

 

ここで、結構な数の人たちが、間違いをおかします。

 

その間違いとは…

 

「植える木を増やす。」

 

ということです。

 

「この問題は解き方を知らない。だから、新たな知識としてインプットしよう。」

 

というわけです。

 

「え!?それの何が悪いの!?分からないんだから、学んで記憶する。それでいいのでは?」

 

最初のうちはそれでいいですよ。

 

今まで純和風の木しかなかったお庭に、ちょっと小洒落た外国の木なんかが加わってきて、にぎやかになる。ワクワクしてくる。

 

でも、ずっとそれが続いたらどうでしょう?

 

なんか数ばっかり増えて、ゴチャゴチャしてきて、何が何だか分からなくなってくるのではないでしょうか?

 

何が基本で何が応用で発展なのか、もう訳分からなくなってくる。

 

しかも、新たな初見の問題が出てくるたびに新たな知識を得ようとする、ということ、いつまで続けるんでしょうか?

 

見たことがない問題がなくなるまで?

 

そんなことあり得るでしょうか?

 

どんなに、見たことがない問題につき学習していったとしても、必ず、見たことのない、未知の問題が出てきます。

 

もう、キリがないのです。膨大な時間がかかってしまう。

 

しかも、その膨大な時間をかけて、応用発展レベルのことをやっているうちに、基礎レベルのことが、スコーンと忘れ去られてしまったりしたら、もう大変です。

 

どのレベルのことも中途半端。よって、どのレベルの学校も危うい(笑)。

 

「えー!?そんな最悪の事態になることって、あるんでしょうか?」

 

いくらでもあります。

 

いくらでもいます。

 

ある事項、例えば、面積についてはやたらとハイレベルのことまでできるのに、速さの単元については、教科書レベルすら危うい、というようなアンバランスな勉強の仕方をしてしまっている子が。

 

それが入試直前に判明したりなんかしたら、パニックです。

 

このような事態は、絶対に避けなければなりません。

 

では、どうするか?

 

「植える木の本数を増やす」のではなく、

 

「すでに植わっている木の根を太くし、木と木のネットワークを密にする」

 

ことを考えてゆけばよいのです。

 

応用問題が出てきたら、必ず基礎に立ち返って思考するようにする。

 

「この問題の根底にある考え方、概念はどこにあるのか?」考えるようにする。

 

分からなければ、教科書や参考書・ノートを調べてみて、それでも分からなければ、先生にきくようにする。

 

複数の単元につながりがあるような場合は、そのつながりを見抜き、頭の中でネットワークを形成しておく。

 

科目内のつながりもあれば、科目間のつながりもある。

 

そういうつながりを理解するように努める。

 

このような勉強をしてゆけば、1つの応用問題・発展問題を学ぶたびに、いくつもの基礎事項を復習し直し、バラバラだった知識同士を結びつけ統合してゆく、ということができるようになるのです。

 

そうすれば、

 

「応用・発展ばかりやっていったので基礎が疎かになってしまった。」

 

という事態は回避でき、

 

「応用・発展を通して基礎の理解を深める。」

 

という形で、バランスの取れた勉強ができるようになってゆくのです。

 

その結果、どのレベルの問題にも対応でき、どのレベルの学校にも合格できる、ということになります。

 

ですから、植える木は増やさない。たとえ小洒落た木があったとしても(笑)…ということですね。

 

参考にしてみて下さい。

 

 

勉強方法についてなど、教育相談はこちらからお問い合わせください。

 

合格できる人、できない人

 

入試結果

 

今年も無事に、私の生徒たちの中学受験・大学受験・専門学校受験が終わりました。

 

合格おめでとう☆♪

 

【中学受験】

 

清風南海中学校(スーパー特進、B日程)

愛光中学校

大阪教育大学附属天王寺中学校

奈良学園中学校

奈良女子大学附属中学校

土佐塾中学校

 

【大学受験】

 

白鳳女子短期大学 

 

【専門学校受験】

 

奈良医師会看護専門学校

 

 

なぜ「彼女」は合格でき、「彼」は合格できなかったのか

 

今年度は、5人の受験生の家庭教師をさせていただきました。

 

そのうち4人は、第一志望校に合格。

 

残りの1人は、第一志望校には合格できませんでした。かなり悔しく、残念な思いをすることとなりました。彼にはぜひ、この挫折経験をバネに、中学校・高校と自らの目標・夢を叶えていってほしいと思います。

 

さて、どうして、5人のうち4人は第一志望校に合格し、うち1人は残念ながら第一志望校に合格できなかったのでしょうか?

 

第一志望校に合格する人と合格しない人との間には、何か違いがあるのでしょうか?

 

たまたま?

運?

 

もちろん、それもあったかもしれません。

入試において「運を味方につけられるかどうか」は、非常に重要なことです。

どんなに実力があっても、運に見放されば残念な結果となることもありますし、

逆に、実力はそれほどでなくても、運を引き寄せられれば、例えば、苦手な科目の難易度がたまたま下がっていて、解きやすくなっていたりすれば、自分の実力以上の力を出し、合格できたりもします。

 

運の他にはないのでしょうか?

 

以下にまとめてみたいと思います。

 

第一志望校に合格できる人の共通点

 

① 謙虚に人の話を聴くことができる

 

これは最も大切な資質かもしれません。

 

教師の言うこと、教わったことを素直に受け止めて、大変だと思うことも、愚直に実践し続ける。

 

結果が出ないことが続いても、とにかく教師の言うことを信じ、結果が出るまでやり続ける。そうすれば、ある日突然、ぽっと結果が出る。

 

② 親に対する感謝の気持ちを忘れない

 

感謝の気持ち。これは全宇宙の中で最強の感情です。

 

ありがたい。

勉強させていただけることは、ありがたい。

 

ありがとう。

いつも励ましてくれて、支えてくれてありがとう。

 

こういう気持ちを持てていれば、勉強に身が入り、入試本番でも実力を出し切ることができます。

 

③ 絶対に油断せず、絶対にあきらめない。

 

油断しない。

 

「だいぶ力がついてきた。」

 

そういう状況でこそ、さらに合格を確実にするために、もっと力をつけようとする。

 

自分の力を過大評価しない。

 

「いくらやっても、まだ不安だ。」

 

そういうときこそ、もう一度自分を奮い立たせせる。

 

絶対に絶対に、最後まであきらめない。

 

そして、結果を出す。

 

 

第一志望校に合格できない人の共通点

① 謙虚さをもって人の話を聴くことができない

 

どんなに優秀で力・実績のある教師に教わったとしても、その教師の言っていることを、謙虚に素直に受け止めることができないなら、その指導は徒労に終わることでしょう。

 

「自分は力がある。」

 

そのように自信を持つこと自体は大事なことです。

 

しかし、経験豊富な教師から見て、足りない点、できていないところがあり、それを指摘されているにも関わらず、「いや。僕はちゃんとできているはずなんだから、うるさいことを言わないでくれ。」という頑固な姿勢のままでいると、失敗します。

 

せっかくの学び・気づきのチャンスをみすみす逃すことになってしまうからです。

 

特に「入試直前」という時期は、それまでの指導の集大成ともいうべき時期であり、その分、教師のアドバイスも、ピンポイントで効果的・実戦的なものとなります。

 

ですから、この時期のアドバイスは、たとえ耳が痛い、突き刺さるアドバイスであったとしても

いや、だからこそ、しっかり受け止めた上で、自分の中で消化する必要があるのです。

 

②親に対する感謝の気持ちを忘れてしまっている。

 

「中学受験は、お母さんの力が80%」とも言われるぐらい、子ども本人の力もそうですが、やはりお母さん・お父さんの力が鍵となります。

 

ところが、成績が上がってくると特にそうですが、

 

「頑張って勉強したのは僕/私なんだから、エラいのは僕/私。」

 

という勘違いにハマり込む場合があります。

 

こういう場合、残念ながら入試本番では力を出し切らずに終わってしまうことが多いです。

 

こういうパターンにハマり込んでしまっているお子さんを入試直前から担当した場合、

 

できる限り「感謝心の大切さ」を伝えようとはしますが、なかなか伝わずに終わることが多いです。

 

なぜなら、ただでさえ入試直前の時間がない時期に、一見入試とは関係なさそうな「感謝心」の話をし出したとしたら、

 

「先生、そんなこと、分かり切ってるから、早く勉強の話してよ。」

 

というふうになってしまうからです。

 

しかも、入試直前に家庭教師を始めたばかりで、信頼関係を築く時間もそこそこに「感謝心の大切さ」の話をしているわけですから、

 

「なんで出会ったばっかりのあなたにそんなこと言われないといけないんですか?」(笑)

 

となるのは仕方ないことだと思います。

 

 

③「あともう少し」というところで、油断したりあきらめたりする。

 

赤本などを用いた過去問演習は、入試直前まで、場合によっては入試前日までやったりするわけですが、

 

当然、思うような点が取れないこともあります。

 

そのときに、

 

「これは本番じゃない。練習なんだ。本番で最高のパフォーマンスをするために必要なことを学び身につけきるためにやっていることなんだ。」

ということにいかに気づいていられるか。

 

これはとっても大事なことです。

 

ここで、狼狽えてすっかり自信を失ってしまったり、もう半分あきらめて投げるような状態になってしまっては、絶対にダメです。

 

また逆に、点数が良かったからといってぬか喜びしてしまったり、まだ押さえるべきポイントがあるのにそれを疎かにしてしまったりするのも、いけません。

 

点数が悪かろうが良かろうが、

 

「練習は練習。

 

本番で結果を出すことが大事なのだ。」

 

ということを肝に銘じておくことは、何よりも大切なことであると言うことができるでしょう。

 

 

受験についてなど、教育相談はこちらからお問い合わせください。