0.はじめに

(1)「自分の頭で考える時代」。どう学び、どう考える?

なぜ私たちは、「自分で考える力」を失ってしまったのか。

こんにちは、教育家の石田栄嗣です。本日から「考える力をつける勉強法 ―幸せな大人になるためのゴールデンルート― 」と言うタイトルでお話をしていきます。

さて、早速内容に入っていきたいと思うのですが、「自分の頭で考える時代」とは一体どういうことでしょうか。自分の頭で考える。当たり前じゃないか。と思うかもしれません。でも、私たちが日頃生活している時実際に、仕事や家庭生活友人との関係・プライベート・趣味・ボランティア活動など様々な場面において、一体どれほど自分自身の頭を使って実際に自分で考えるということができているのか、っていうことを考えてみてください。そうすると、案外自分自身の頭で考えるというよりはむしろ、人が考えたことを学んだり参考にしたり吸収したりすることに忙しかったり。

例えば、息子や娘に社会科の宿題について、お父さんが意見を求められたとき、「それは、こうこうこうで、こうだから、こうなんだよ。」と、昨日ニュース特番で仕入れたばかりの知識を、さも自分で考えたかのように語る、とかね(笑)。「お父さん、それ、昨日ニュースでやってたやつ~!」ってお母さんがすかさずツッコミを入れるという…まあ、それで家族が和むのであれば、それはそれでよいとは思いますが…

仕事の会議など真剣に考えるべき場面においては、ちょっと事情が違ってきますよね。「○○くん、この点についてはどう思うかね?」と専務に話を振られたときに、昨日見たニュース特番でコメンテーターが言っていた意見がふと頭をよぎるけれど、「ダメだダメだ。部長はあの番組のファンだから、絶対観ているはず。ここは自分オリジナルの意見を言わないと…えーっと…。」となっているうちに時間が経ってしまう。待ちきれなくなった専務が、「■■部長はどんな意見を持っているかね?」と話を振ると、なんと部長はあのニュース特番でのコメンテーターの意見を堂々と言うという…「ぶ、部長~~~それ、昨日ニュースでやってたやつ~!!!」(笑)

まあとにかく、大人である私たちでも、自分自身を振り返ってみると、やはり「自分の頭で考える」ということがいかに難しいか、いかにできていないかということに気付くところはあるのではないでしょうか。

どうしてでしょうか?それは、私たちが「自分の頭で考える方法、自分の頭で考える学び方、勉強法」につき、教わってこなかったからです。各科目の内容なら教わってきました。学校において、あるいは塾において。成績の伸ばし方・点数の取り方・合格する方法も教わりました。塾において、あるいは予備校において。より専門的な知識も教わりました。大学において、あるいは資格試験スクールにおいて。実際の仕事で使う知識も教わります。職場において、あるいはその分野のセミナーにおいて。

でも、自分の頭で考える方法は?自分らしく、自分のオリジナリティを発揮しながら考えてゆく方法は?一体どこで教わるんでしょうか。学校でも塾でも予備校でも、大学でも。職場でも、セミナーでも。教わりません。少なくとも、私自身は教わった記憶がありません。そう、私たちは忙しすぎるんです。テストで点数を取ること、成績をUPさせること、合格することに。入学すること、卒業すること、就職することに。昇進すること、収入をUPさせること、転職・再就職することに。気づけばもう、「自分で考える」ための頭は疲れきり、ひどい場合にはもう、「昨日までの人生の惰性あるいは延長線上」でしか、ものを考えられなくなってしまっていたりする、というのが私たち大人の現状ではないでしょうか。

今の時期、「時代」が要求してくる力とは?

しかし、残念ながら時代がそうはさせてくれません。「先行き不透明。混迷の時代。」と言われてから久しいですが、日々その傾向は強まる一方です。一瞬一瞬気づいていること。意識していること。無意識でインプットしたことを吐き出すのではなく、瞬間瞬間、自分の頭で意識的に考えること。そういうことがますます要求される時代となってきています。

そんな中、私たちはいかに学びいかに考えてゆくべきか。大人たちも迷っています。悩んでいます。でも、そんなことは知らずに、子どもたちは日々勉強しているのです。子どもたちは、どのように勉強してゆけばよいのでしょうか。何か新たに勉強してゆくことを増やすべきなのでしょうか?もちろん、それもよいでしょう。大人に教わったり、自分自身で勉強したり。

しかし私は、「あくまでも、勉強する内容は変えずに、学び方・勉強のやり方を変えることによって、自分の頭で考える力をつける。」ということを提案したいと思います。学校の勉強を通して、考える力をつける。受験勉強を通して、各種試験の勉強を通して、考える力をつける。そして成長して大人になった暁には、自分自身が大人として「いかに考え、いかに生きてゆくか。」を子どもたちに伝えてゆく。そういう循環が生み出されることを本気で目指しています。

そのために、私たち大人がすべきこと。今すぐ考えるべきこと。そこをスタート地点として、話を進めてゆきましょう。

「考える力」、それは長い時間をかけて熟成させてゆくもの。

「私たちは一体どのようにすれば、自分の頭で考えられるようになるんだろう。」「どのように学んでいけばそのような力がつくんだろうか。」こういう風に考えてみると、あることに気づきます。それは、「自分の頭で考える力」は一朝一夕で身に付くような簡単なものではなく、長い時間をかけて少しずつ少しずつ培い熟成させていくものである。そう、まさに味噌や醤油といった発酵食品にとって、熟成のプロセスが極めて大事であるのと同じように、考える力も熟成のプロセスが大切。ですから、味噌や醤油を作るときに「電子レンジでチン♪」では無理なのと同じように、考える力をつけてゆこうというときも、簡単お手軽に素早く、という方式では無理がありますよね。

現在自分の頭で考えることが100%できている人であったとしても、最初は自分以外の人から学びそれを実践してゆくことから始まり、その中から自分独自のオリジナリティーを少しずつ少しずつじっくり時間をかけて開拓していった結果、今の境地にたどり着いたんだということ。そのことに気づけば、そのような境地に自分自身もたどり着きたい。そう考えたときに、いかに学びいかに考えてゆけばいいか。それに対する答えが、おぼろげながら浮かび上がってきます。

「にょわぁぁあ~♪♪♪」

激動の時代、変化の時代、自分の頭で考える時代。確かなものが何もないように思えるからこそ、自分自身の頭で考えていく。どう考えればいいのかわからなくなるからこそ、徹底的に考えてゆく。これは古今東西、大人でも子どもでも同じです。人間が考える生き物である以上、考えるということは私たち人間に課された責務であると言うこともできるでしょう。

そのためにもまずは、自分自身について自分自身の人生について。そして家族・友達・学校・職場について。それから、社会・国家・国境を越えて地球全体。そういったことについて自分の頭でみんなが考えていく。そういう時代がやってきています。大人と大人。子どもと子ども。あるいは大人と子どもが一緒になって考えていく。そのことによって、今まで見えてこなかったこと・明らかにされてこなかったことが少しずつ見えていく。明らかにされていく。そういうことにつながっていきます。

毎日の生活の中で大人は子どもの言うことに耳を傾けてみる。子どもも大人の言うことに耳を傾け、関心を持ってみる。それだけで、今まで大人は大人の世界、子どもは子どもの世界として切り離されてしまっていた、そういう部分がきちんとつながるようになります。そもそも大人と子どもでは、生きている論理が違う。基盤となる言語・発想自体もすべて違います。ちっちゃい子どもなんて、「きゃぁぁあ~!!!「きぇぇぇえ~♪♪♪」これですよ。これで通じ合ってます。もう、しゃべる言葉、言語からして違う。これを大人が普通に接ししていたのでは、通じ合えない。分かり合えない。だから、大人の側が子どもの側に寄り添ってゆく。一緒になって、「にょわぁぁあ~♪♪♪」とかやっていくことによって、初めて通じ合うことができる。まあ、たまに引かれますけどね(笑)。まあ、引かれるぐらいでちょうどいいんではないでしょうか。大人が先頭きってアホになる。アホになるところを見せるからこそ、通じ合える部分がある。そうすると、何時間説教しても一切伝わらないことが、ものの数秒で子どもたちに伝わっていったりとか。そういうことが可能になってくると、私は思いますね。

これは大人と子どもだけでなく、男性と女性、若者と高齢者、雇う人と雇われる人など、ありとあらゆる人間関係においてあてはまるのではないでしょうか。こういう垣根を越えたつながり、お互いがお互いにちょっとずつ寄り添い合う。こういうことこそが、人それぞれのバランスにつながっていき、また人と人とのコミニケーション・何かをする際の多角的な物の見方・皆が納得しそれぞれの良さを引き出し合える関係づくり、そういうことにもつながっていきます。そのために私たちはどうまだ学び、どう考えるか。ここから話を進めていきましょう。

 

(2)勉強スタイルは、人それぞれ。悩んでいるポイントは…みな一緒(笑)。

私は現在、小学生・中学生・高校生そして社会人、実にいろいろな年齢のいろいろな世代の人たちに勉強を教えています。来年まさに受験をする子たち。数年後に受験を控えている子たち。受験をするかどうかはわからないけれど、とにかく自分が本当にしたいことを、自分が心からやりたいと思えることを、望んでいることを見つけたい子たち。あるいは、仕事をしていて時間がない中、何とか自分の知識スキルを高めて目標を達成したいと思っている人たち。みんなそれぞれの思いで、それぞれの動機を持ちながら、勉強に取り組んでいますが、その中で見えてくることがあります。それは、大人も子どもも、それぞれみんな勉強しているんだけれども、悩んでいること・悩んでいるポイントっていうのはみんな一緒だって言うことなんですね。つまり、「学んだ内容がなかなか身に付かない。すぐに忘れてしまう。」ということです。そういう悩みを持っている人は大抵、「自分は記憶力が悪い。」とか、「覚えたことをすぐに忘れてしまう。」とかいうふうに原因を解釈していたりするんですが、本当の原因は実際はそこにはなかったりするわけなんです。というのも何かを勉強しているときに、その内容が基礎知識としてしっかり定着するかどうかは、その人の記憶力ではなく理解力思考力、つまり考える力にかかっているからです。考える力・考える勉強。こういうことができている人は、無理なく自然な形でいろいろな知識を吸収し、勉強したことを身に付けることができています。ですから、考える力。この力をつけることが自分が目標とする結果、例えば合格や昇進起業などを達成する最大のポイントであると言うことができます。

 

(3)急がば回れと言うけれど、回りながら急いでしまうのが人の常。

ところが実際には考える勉強ではなく、考えない勉強。こういう勉強の仕方をしている人が、とても多いんですね。どうしてでしょうか。

それは人間という生き物が、基本的には「楽して簡単に短期間で成果を手に入れること」を望む生き物であるからでしょう。そのために、いかに楽をするか。いかに手っ取り早く、簡単に成果が手に入りそうなやり方を選択するか。そこが落とし穴である訳なんですね。なぜなら、考えない勉強・単なる暗記に走ってしまう勉強は、どこにもつながっていかないからです。目先の点数は、目先の合格は手に入れることができるかもしれないですが、その先が見えてこない。未来につながらない。もうね、クルックル回りながら、行き止まりまでまっしぐら(笑)。で、行き止まりにガーンって頭ぶつけて初めて、以前とまったく同じように、「おかしいなぁ。成績が頭打ち。なんでだろう?どうしてだろう?」と悩んだりする。いやいや、そこ行き止まりですよ。気持ちよく走ってきたかもしれないし、その道好きなのかもしれないですが、そこ行き止まりですよ。っていうことですよね。やはり、そのようなことにならないようにするためにも、考える勉強の必要性。このことにつき、しっかりと見ていることが大切です。では、考える勉強はどのような形で必要になってくるのか。より具体的にお話をしていきましょう。